ヨガの歴史

インダス文明 (BC3000年)

モヘンジョダロの遺跡より、坐する印章が出土、このころよりヨガの瞑想が始まったとされる。

 

アーリア人のインド侵入(1500年)

インド全域を支配、バラモン教、梵我一如の哲学を生む。(カースト制度)バラモンという司祭のみが、

ブラフマン(宇宙の根本原:梵)と繋がれる考え、学習による知識を重視。

 

ウパニシャッド(1000年)

 (王族や司祭以外が個人(アートマン:我)でもプラフマン(梵)と繋るために行ったのがヨーガ、ヨーガは、自己探求の道。カースト制度を否定、経験を重視、ニャーナヨガ

 

釈迦誕生(600年)

ブッダとは悟りを開いたものという意味、釈迦の前にも悟りを開いた者はいた。釈迦もヨガを行った。

 

バガヴァッドギータ(AC100年)

クリシュナとアルジュナの対話)カースト制度に戻る、輪廻転生の考え、カルマヨガ。

 

ヨガスートラ(400年)

パタンジャリの八支則、ヨーガの瞑想、悟りへの手引き、ラージャヨガ。

 

ハタヨガプラディピカー(1200-1600年)

ヨガポーズの始まり。


ヨガの歴史は、インダス文明よりはじまる今から5000年も昔の話、人々は宇宙の憧れや、太陽がどうして昇りそして沈むか、人がどこから来て、どこに行くのか考えた。また、文明が高度化していくと雑念(心の作用)が増えその結果文明を人が滅ぼしていった。

雑念をいかにコントロールできるかがテーマであり、それをとる方法が編み出された!!自分自身が雑念を取り払い、穏やかになれば人類は平和になる。今こそヨガの哲学が必要な時期はない!!


イラン系アーリア人がインドに侵攻し、またたく間に先住民族を侵略した理由はバラモン教という宗教があったからだ。バラモン教は、自然を神とし、宇宙の根本原理であるブラフマンと、一体化することをバラモン教の司祭が取り仕切っていた。バラモン(司祭)シャクトリア(王族)ヴァイシャ(庶民)シュラード(奴隷)という(身分制度)カースト制度を作ってバラモンが権力を持ち、国を統治した。この時代は長く続いたが、王族が司祭より下に位置していた(権力が下)ことに矛盾を持ち始めた。神に近づく方法は、誰にでもできるのではないかと考えるようになった。司祭だけが特権ではなく、個人でもブラフマンに近づくことができると考えた。

これが、梵我一如である。梵とは、ブラフマン、我とはアートマン。宇宙の意識と個人が一つになれることを梵我一如という。または、悟る、解脱するという。ヨガ(サンスクリット語で繋ぐ)はこうして、個人が宇宙意識と繋がれる(解脱する)方法として、インドより発展していく。集団で真実の探求を行うのが宗教であるなら、ヨガは個人で自分の中の真実を探求するものである。

ウパニシャッドでは、ヨガについて、「五つの感覚器官と一つの思考器官を固く結ぶ」と書かれている。また、ヨガスートラでは、「ヨガとは、心の作用を死滅する」と書かれている。ハタヨガプラディピカーまで、ヨガは坐して瞑想をしていた。現代のポーズをとるようになったのは、ハタヨガプラディピカー後である。

これらの歴史により、ヨガとは、旧来と現代のヨガと分けて考えたほうがよさそうだ。旧来のヨガは、瞑想により、宇宙の意識と個人が繋がる(解脱)ことも目的とし、男性のみが行った。現代のヨガは、旧来のヨガの考えを踏襲し、ポーズにより、カラダを柔軟に、自然治癒力をあげ、カラダを健康にすること。呼吸により、気(プラーナ)を取り入れ、気力を充実し、精神をコントロールすること。考えが、考えを生み、考えを作っていく連鎖を瞑想により止めること。このポーズ、呼吸を意識的に行い、ヨガによる瞑想にて集中力を養う。思考の動きを常に監視し、本来の自分自身に気づいていく。

最終的なヨガの目的は解脱である。誰にも束縛されない自由を手に入れる方法であるかもしれない。すべての考えの錯覚、思い込みを取り除き健康で、輝いて生きる、それがヨガの教えである。

ヨガの歴史や知識は中国を経て、禅として日本に到達する。インドから始まったヨガの哲学は、日本人の心にも息づいている。また近年マインドフルネス瞑想が海外で注目を浴びてきた理由は心とカラダの病の急増だ。マインドフルネスは、心をむしばむストレスの軽減法として瞑想を行うことにより、ストレスホルモンのコルチゾールの分泌を減少させることが最新の科学で証明された。

TAISUKE